松江堂薬局の漢方でなんとかしたい!

中医学講師30年。漢方や中華圏の文化とか書きます。

落語 代脈 寝ているより動け!(こころと漢方)

 落語の「代脈」をお聞きになったことはありますか?
 江戸・中橋の古方派の医師、尾台良玄は弟子の銀南に患家に往診に行かせる。患者は大家のお嬢さん、前回良玄先生が往診で腹部のしこりに気づきそれを押した途端お嬢さんは放屁をされ顔がみるみる真っ赤になった。先生は気転を利かせてのぼせの加減で耳が遠くなったと付添の母親に言うと、それを聞いたお嬢さんは放屁の音は先生には聞こえてなかったと安心したのか顔から赤みが引いてきた。良玄先生はそのしこりには触っていけないと弟子に助言をしておく。
ところが弟子は思い切りしこりを押してしまったためにブーッ!すごい大きな放屁の音がしてしまいお嬢さんの顔は真っ赤になる。慌てた弟子は「最近のぼせの加減か耳が遠くなって」と先生と同じ言い訳をする。
「まぁ、大先生も二、三日前にお耳が遠いとおっしゃってましたが、若先生も」と母親。
「いけないとも。ちっとも聞こえない。いまのおならさえ聞こえなかった」

 この話は室町後期の名医・曲直瀬(まなせ)道三(1507-94)の逸話が下敷きで、道三がさるうつ病の姫君を診察した際、姫が放屁してしまい音が自分の耳に入ったと知ればいよいよ落ち込んで薬効もなくなると機転を利かせ、耳が遠くなったので筆談で症状を言うように仕向けて見事精神的ケアに成功、本復させたというものです。

 下腹部のしこりは押すと放屁するということから気滞であったと推測します。足の厥陰肝経は足の親指から始まり内股を通り生殖器、胆、胃、横隔膜、胸部、咽喉、眼球、頭頂へと繋がっている大変長い経絡です。七情学説では「怒」は肝を傷つけ肝の経絡の気の流れを阻滞します。お嬢さんは下腹部のしこりは肝の経絡上の気の流れの滞りでしょう。これを「肝気鬱結」と言います。肝気鬱結による気の停滞は下腹部だけではなく脇腹(肋間神経痛)、乳房(PMS)、側頭部(偏頭痛)、腹が張って苦しくゲップやおならが良く出る、にもよく見られます。「怒傷肝」と言われる通り「怒」というストレスで肝気鬱結による気の滞り(脹・悶・痛)は誘発されます。また気分障害がでてイライラや逆に抑鬱感がでてきます。
 

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足厥陰肝経です足の先から頭のてっぺんまで。走行する部位に注意してください
「怒」は単に怒りと捉えてしまうと診断を誤ります緊張を強いられている、抑圧されている、不本意なこと、心外なことと感じる心の状態と解釈すると範囲が広がり日常皆さんが経験することとなるでしょう。うちの薬局にも肋間神経痛のタクシーの運転手さんが来ますが、誰かともわからないお客を載せる長時間 緊張が原因のようでした。
 このお嬢さんも布団の中で寝ていないで身体を動かし気が晴れる楽しい事をするのが何よりの治療だったのではないでしょうか?  清代の呉師機は「七情が引き起こす病は、花を観賞して鬱悶を解除し楽曲を聴いて憂愁を消すことができる。これは薬を服用することにも勝る」と述べていますし、《楽記・楽言》には音楽が人間の感情に与える影響について詳しく述べています。 
 その他、演劇、舞踏、書道、絵画など精神を調和させる作用があります。
 このような病気の注意力を分散させて病人の気持ちの焦点を別のところへ移す、病人の周囲の環境を変え改めて病を誘発する因子を避ける、などを「移情」と呼び、病人の内心の雑念を排除し病人の誤った認識や不良な情緒を変え改めさせることを「易性」と呼び「移情易変」は中医心理治療の主要な一つになります。
 侯宝林(漫才師)は1950年に「笑療」を行う「漫才科」を置くように提案しました。日本でも癌患者さんをよしもと新喜劇に連れていったら免疫細胞の値が上がったという報告がありますね。
 「移情易変」療法は非常に幅が広く、歴史的な有名人物は不幸や災難に遇ったときに書物を書いたりして憂いを解き移情しています。日本でも顔真卿の「祭姪文稿」の書は有名です。
 
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殺された甥の法要のために書いた顔真卿の書。途中から感極まり字が乱れていく。

 気鬱証の殿様が出てくる落語「さかずきの殿様」では家来に吉原に行くことを勧められて気鬱は治るのですが吉原通いが止められなくなります。今の世の中にもストレス解消と称してアルコールやギャンブルに走る間違った「移情易変」をしている人は多いですね。

 
古今亭志ん朝 代脈